【職業インタビュー】世界初のクラフトコーラメーカー「伊良コーラ」を起業
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【職業インタビュー】世界初のクラフトコーラメーカー「伊良コーラ」を起業

高校受験 SAPIX中学部

合格、そしてその先へ――。将来につながる真の学力を育むことを理念に、高校受験指導に携わってきたSAPIX中学部は、1989年の創立以来、各界で活躍する卒業生を多数輩出してきました。そんな方々への「職業インタビュー」を通じて、さまざまな仕事にスポットライトを当てていきます。

今回ご登場いただくのは、世界初のクラフトコーラメーカーである「伊良コーラ」を起業したコーラ小林さん(SAPIX中学部 卒業生)。起業した理由やその魅力などについて伺いました。

※2021年12月6日に取材を行いました。
※この記事は2022年4月1日に刊行されたSAPIX中学部の受験情報誌『スクエア』212号に掲載された記事のnote版です。

伊良コーラ代表/クラフトコーラ発祥人
コーラ小林さん
(SAPIX中学部 卒業生)

自分が好きに考えたものが多くの人に喜ばれる醍醐味

――コーラ小林さんは大手広告代理店に2018年末まで勤めた後、28歳で世界初のクラフトコーラメーカー「伊良コーラ」を起業しました。そもそもなぜコーラなのでしょうか。
コーラ小林:私は偏頭痛持ちで、大学生の頃からコーラをよく飲むようになりました。偏頭痛の症状はカフェインで和らぐといわれていて、コーラにはカフェインが入っているからです。これをきっかけにコーラが好きになり、大学院に進学してからは、世界を旅しながら、あちこちのご当地コーラを飲み比べました。
大学院を卒業し、広告代理店に入社した年の夏ごろに、インターネットで100年以上前のコーラのレシピをたまたま発見。入手しやすいスパイスで作れることが分かったので、試しに作ってみました。それ以来、週に何度か趣味でコーラを作る日々が2年半くらい続くなか、少しでもおいしくしたいと思うようになり、スパイスの種類、その配合、混ぜ方などをいろいろと工夫していきました。しかし、それなりの味にはなっても、人に飲ませたいと思うほどのおいしさにはならなかった。
ちょうどその頃、漢方の職人だった祖父が亡くなりました。新宿区下落合にある祖父の工房を遺品整理のために訪れた時、家族と祖父の思い出話をしたのですが、祖父が用いた漢方薬の手法がコーラ作りに生かせるのではないかとひらめきました。すぐに試してみると、風味も味も格段に良くなり、それまでとは全然違うレベルになったのです。
それ以降も工夫を重ね、ついに納得のいく「クラフトコーラ」のレシピができたので、会社の親しい同僚に飲んでみてもらったところ、「めちゃめちゃおいしい」と喜ばれ、「これ、いくらなら売ってくれるの?」と聞かれました。まさか自分が作ったものでお金がもらえるとは思っていなかったので、かなりの衝撃でした。

コーラの語源とされるのが、西アフリカ原産の植物「コラの木」。その果実である「コーラナッツ」はカカオやコーヒーよりカフェインを多く含み、産地のガーナでは「神様からの贈り物」といわれるほど。「伊良コーラ」にはコーラナッツも配合されています。写真は、ガーナでコーラナッツを前に現地の人と語らうコーラ小林さん

――それで販売してみようと?
小林:はい。早く世の中に出したいと思い、納得のいくレシピができた1カ月後の2018年7月から、渋谷区神宮前にある国連大学の前で毎週土日に開催されている「ファーマーズマーケット」に出店し始めました。当時、クラフトコーラ作りはまだ趣味だったので、会社勤めと並行してできるよう、週末限定の移動販売を始めたのです。貯金をはたいてフードトラックを入手し、「カワセミ号」と命名しました。ちなみに、「伊良コーラ」という名称は祖父が営んでいた漢方工房の「伊良葯工」から名付けたものです。
ファーマーズマーケットは朝10時にオープンするのですが、準備は7時ごろから始めます。コーラのシロップ作りは平日の夜に済ませておき、金曜夜は帰宅してから重たい炭酸のボンベや大量の水をフードトラックに積み込みます。そして、当日は夕方5時まで一人で販売していました。体力的にはきつかったのですが、すごく楽しかった。
会社の給料は銀行振り込みですから、自分の仕事の報酬は印字された数字でしか見ることができません。でも、「伊良コーラ」の販売では、自分が作ったコーラ1杯と引き換えに、お客さんから直接、代金の500円をいただきます。それが商売の神髄というか、人を幸せにした対価としてお金を手にすることが、私にとってカルチャーショックでした。また、レシピからパッケージに至るまで自分が好きなように考えて形にし、それによって人に喜んでもらえるというのが、会社の仕事では味わえない醍醐味でもあると感じました。

フードトラック「カワセミ号」

イベントなどに携わった大手広告代理店を辞めて起業

――大手広告代理店ではどんな仕事に携わっていたのですか。
小林:学生時代にフィリピンのNGO(非政府組織)でインターンをしたことがあったため、入社時に日本の魅力を海外に伝える仕事がしたいと希望したところ、農林水産省や経済産業省に提案営業をする部署に配属されました。その2年後にはスポーツやエンターテインメントに関わるチームに異動し、国内外で行われるイベントに携わりました。

――広告代理店でそうした仕事をすることに憧れる人も多いと思います。そんな会社を辞めて、なぜ起業したのでしょうか。不安はありませんでしたか。
小林:会社員時代の仕事は学ぶことも多く、良い経験になりましたが、自分のしたいこととは違うと感じていました。しかも、クラフトコーラ作りと両立させることが時間的にも難しくなってきた。ただ、迷いもあったので、さまざまな人に相談すると、「うまくいくはずがない」という声が多いなか、「すぐに起業した方がよい」と言ってくれる会社の先輩もいました。人は自己否定につながるようなことを言いたくないものです。会社員は「会社員でいること」を勧めます。そんななか、自身は会社員を続けていながら、起業を勧めてくれたその先輩の意見に、私は背中を押されました。
そして何より、クラフトビールやクラフトジンはあっても、クラフトコーラは世界にないので、これはチャンスだと思ったのです。私が偏頭痛持ちなのも、あの時、昔のコーラのレシピを見つけたのも、祖父が漢方職人だったのも、偶然にすぎません。でも、それら一つ一つの点が1本の線につながり、この事業は自分にしかできないことだと思うようになりました。

クラフトコーラ「魔法のシロップ」。コーラの実など12種類以上のスパイスとかんきつ類が混ぜ合わされています。魔法のシロップ1:炭酸水3の割合で割り、氷とレモンを入れると、まさに美味
炭酸水で割る必要のない瓶入りの「伊良コーラ」

祖父の漢方工房跡に「伊良コーラ」工房を

――起業してからのプロセスを聞かせてください。
小林:会社を辞め、祖父の漢方工房跡に「伊良コーラ」工房を開いたのが2018年12月です。その1カ月前に、漢方工房だった場所の一部を「伊良コーラ」の工房に改装する資金を調達するために、クラウドファンディング(CF)を実施し、目標金額の200万円を達成しました。CFには寄付型の支援と商品交換型の支援がありますが、当時はCFという手法の知名度もまだ低かったので、商品交換型で知人に支援をお願いして断られるケースもありました。その一方で、支援やSNSでの情報シェアを快く受け入れてくれる知人もいました。いろいろな人の、それまで自分が知らなかった顔が見られたので、CFはとても勉強になりました。
その後、年明けの2019年1月に株式会社を設立。翌2020年2月に祖父の漢方工房を店舗に改装し、「伊良コーラ総本店下落合」を開店しました。さらに2021年4月には2度目のCFを経て、2号店である「伊良コーラ渋谷店」をオープンさせました。

――2号店を渋谷に出店した理由は?
小林:当時、クラフトコーラがいくつか販売され始めていましたが、「伊良コーラ」はそのパイオニアなので、ポジションを明確にするために、文化の中心地の一つである渋谷に出店したかったのです。コロナ禍で空き物件もあったため、出店には絶好のタイミングだとも思いました。

渋谷店でコーラを作るコーラ小林さん

今後の目標は海外進出 まずはニューヨークに

――起業後はどんなことが一番大変でしたか。
小林:人を集めることですね。起業してから1年くらいは、販売のアルバイトを雇う程度で、ほとんど自分1人でこなしていましたが、今はフルタイムのメインスタッフが私の他に2人います。1人は広告代理店時代の後輩で、もう1人は中学校の同級生です。その他、アルバイトとパートタイマーを含め、全部で25人ほどになっています。

――営業面で大変だったエピソードも教えてください。
小林:店をオープンさせるまでは、ファーマーズマーケットやイベントなどで移動販売をしていましたが、大雨でお客さんが1人も来ないことがありました。
まだ規模が小さいので、経営危機のような局面はありませんが、取引先が倒産し、納品した商品の代金をほとんど回収できないこともありました。

――事業を行っていく上で、どんなことを大切にしていますか。
小林:「売り上げ」と「利益」です。そう言うと、ネガティブな印象を受けるかもしれませんが、売り上げを伸ばすことは、世の中の幸せの総量を増やすことです。人が喜んでくれて笑顔になり、その対価としてお金をいただく。売り上げが増えるほどに、世の中の笑顔も増すということです。また、利益が上がらないと従業員が笑顔になれません。だから、利益も大切なのです。

――今の仕事の魅力といえば?
小林:クラフトコーラ作りの視点からの魅力は、例えば、ゆずやさんしょうなど日本ならではのスパイスを取り込んで世界に挑戦できることです。また、起業家・経営者の視点から言うと、自分の得意な資質を全部アウトプットできることですね。

――今後の目標を聞かせてください。
小林:2024年までには海外に出店したいと考えています。少子高齢化や国際的なプレゼンス低下などの点を踏まえると、日本という国に上昇気流はないと感じるので、海外に打って出ることはとても大事だと考えています。下りのエスカレーターを上ろうとしても、現状維持がせいぜいですが、上りのエスカレーターを歩いて上れば相当速く目的地に着きますから。ただ、最終的には日本に戻ってきたいと思っています。

2号店の渋谷店の店先でスタッフと(左から2人目がコーラ小林さん)

「興味のあることを学ぶ」 それが私の進路の選び方

――高校受験について、どんなことが思い出に残っていますか。
小林:私は幼い頃から好奇心が旺盛で、小・中学生時代は一度疑問に思ったら「何で?」「どうして?」と納得いくまで問い続ける子どもでした。そんな私にとって、SAPIX中学部は知的好奇心を育んでくれて、多種多様な疑問にポジティブに答えてくれるので、とても楽しい場でした。SAPIXで学ぶことが純粋に楽しかったですね。
当時、学んだことで、今でも役立っているのは、例えば濃度の計算などさまざまな科学の知識です。それらはクラフトコーラ作りに直結していますから。また、起業家は単独で全てのことをやらなければならない時期があるので、その基礎体力としての知力を高校受験で鍛えられたのが良かったと思っています。

――東京学芸大学附属高校を卒業後、北海道大学農学部に進学し、東京大学大学院農学生命科学研究科を修了されていますが、なぜ農学を選んだのですか。
小林:それはシンプルに、子どもの頃から自然や生き物が好きだったからです。自分が将来、何になりたいかということから選んだのではなく、興味があることを学ぼうと思いました。私が育った下落合は新宿区なのに自然が豊かです。それで自然や生き物が好きになりました。

――最後に、SAPIX生たちにアドバイスをお願いします。
小林:例えば起業家など、何かになりたいから勉強するというのでは、目標が先のことすぎて、モチベーションが上がりにくい人もいるでしょう。ですから、将来の目標だけでなく、身近な目標も持ち、今を楽しむことが大事です。もちろん、純粋に楽しいから勉強するというのもありです。とにかく今を精いっぱい頑張ってください。

――コーラ小林さん、本日は貴重なお話をありがとうございました。

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