[受験歳時記] 第56回「パイロット」
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[受験歳時記] 第56回「パイロット」

フィニッシュ

2020東京五輪体操競技、種目別決勝の男子鉄棒。他の選手が難度の高い演技構成で落下を繰り返す様子を見て、金メダリストは「これは着地勝負になる」と思ったという。その言葉通り、安定良く手放し技をこなし、一本の針金を通したかのように綺麗な懸垂からそのまま大車輪へ、そして足の乱れひとつなく着地を決めた。

「体力も神経も一番使うのが着陸の時です」 ――各界で活躍する卒業生の現在の仕事ぶりを追う『スクエア』のシリーズ企画「SAPIX CAREER」、そのなかで語る、ある旅客機パイロットの一言である。自動操縦を手動に切り替えてから着陸するまでの約10分間、目と耳と手に全神経を集め、機体の速度、進入角度、計器音の見逃しも聞き逃しも許されない時間が続くという。そして眼下から「どんどん迫ってくる滑走路」という言葉などは、まるで鉄棒から手を放し、伸身の新月面宙返りで降り技を決めるまでの数秒間、落下速度のまま目に迫ってくる競技場のマットを思わせるほどにリアルだ。左右に灯る進入灯の隙間を狙い、機首をやや上向きにして、擦るように滑るようにふわりと降り立つ機体は、マットの一点に吸い込まれるようにフィニッシュを決める鉄棒選手にも似ている。

虹の安らぎ

座席を通してキュッという音が響くと、いまギア(車輪)が接地した!いまギアが大地をつかんだ!という手応えに満たされる。制服に凛々しく映える肩章ラインもまぶしい。思うに仕事の醍醐味とは、体力や神経を要する厳しい緊張の後、ご褒美のように受け取るこうした安らかな高揚感のことではないだろうか。気流に揺さぶられると生きた心地もしないものだが、地上近い今、真綿のような雲海の広がりや高速道路のオレンジ色の縞模様に目を慰められたりすると、心底無事であることのありがたさが感じられるものだ。ハワイに言い広まるという気象のことわざ「no rain no rainbow(雨が降らなければ虹は見られない)」のごとく、今、静穏な虹の安らぎがあるのは、つい先ほどまで激しく大地をたたいていた雨の試練があったればこそだろう。

また、記事の中盤では、パイロットの仕事の魅力について問われ、「同じ状況のフライトは二度とない点」と答えている。自粛期間中、生徒向けに週に一度メッセージを伝えていたある校長先生が、ある日こんなことを言っていた。「初心忘るべからず」の初心とは?それは「自分はまだまだだな」と思い続けられること、拙い腕前を磨こうとする飽くなき向上心なのだという。だとすれば、「同じ状況のフライトは二度とない」と思えることは、型にはまった技術を繰り返すだけのマンネリズムとは程遠く、「初心忘るべからず」の心掛けをフライトの度に毎回実践している証しだといえるだろう。

二人の機長アナウンス

「ただ今、当機には、世界オセロ大会を史上最年少で優勝されたお子さまにご搭乗いただいています。以上、この方が優勝されるまでは同大会優勝の史上最年少記録保持者でした機長の○○がお知らせいたしました」。そんなサプライズアナウンスをしたオセロの世界的達人でもある機長がいるという。

「左側の窓際のお客さま、まもなく左前方に山頂に雪をいただいた霊峰富士をご覧になれます」。しばらくして「先程はお淋しい思いをされた右側の窓際のお客さま、まもなく右前方に鮮やかな紅葉で化粧を済ませたアルプスの山々が皆さまをお出迎えいたします」。晩秋の山景色をそんなおしゃれなアナウンスにのせて乗客全員を楽しませた機長もいるという。

増田 恵幸
著者紹介:SAPIX中学部にて高校受験指導、受験情報誌『SQUARE(スクエア)』編集に携わる。2019年定年退職。在籍時より『受験歳時記』を執筆。

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