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[受験歳時記]第66回「冒険家」

高校受験 SAPIX中学部

偉業

「北西風が唸りをあげて走り、(中略)大粒の雨が突き刺さる」
緊迫感ある描写と鍛練された筆力で読者を圧倒する吉村昭の『漂流』では、この後、木の葉のような小舟に猛烈な嵐が襲いかかる。

83歳の海洋冒険家堀江謙一さんが単独無帰港で太平洋横断を達成した。全長わずか6mのヨットで8500km を航行しても、『漂流』の世界からは程遠い晴れやかな笑顔の堀江さん。その表情からは、大航海も難なく為し遂げられた偉業としか思えないが、吹き荒れる雨や風はもちろん、舟の上では特にケガが命取り。かつて帆を引っ張るロープが切れ、滑車の付いた高いマストの突端まで上る途中で手が滑り落下。デッキに全身をしたたかに打ちつけたら大ケガだったが、たまたま舟が傾き、海に投げ出され無傷だった。「同じ失敗はしても失敗確率がだんだん減っていき、うぬぼれも強いのか、次はうまくやってみせるよ、って思えるんです」と言い、「嵐を乗り越えるたびに、強くなっていく自分がいる」とうれしそうだ。

三つのハードル

SAPIX 中学部の公式note に今春の合格者インタビューが掲載されている。海上では、波が盛り上がっては「高き塀」となり、次々襲う「厚き壁」となり、潜り抜けるしかない「狭き門」を形成するように、入試では、合格水準が「高き塀」となり、練り上げられた問題が「厚き壁」となり、入試倍率が「狭き門」となる。それらのハードルを乗り越えた体験談である。

そんな体験談のうち、とある日比谷高校進学者は、受験前に全科目が急降下し、目の前が真っ暗になったという。志望校変更も視野に入れた本人を、担任講師は「モチベーションからして、決して得策ではない」と押し留めた。その後の吹っ切れた思いを述べる本人の一言は、大事な言葉の定義として注目したい。すなわち、モチベーションとは「どうしても捨てたくない気持ち」を意味する言葉であると。

そして、「高き、厚き、狭き」三つの障壁の重圧で心臓バクバクの入試前日、すがる思いで担任講師に電話。すると「全然心配していませんよ」と返ってきた落ち着いた声音に、本人は、思わず電話口で泣き出してしまっている。優しさとは、甘い言葉を投げかけることではなく、気持ちに炎を吹き込むだけの熱を帯びるものでなければならない。

星々の光

それが証拠に、この生徒は、後輩へのメッセージとして、不安が差し込んだら、「甘えてください」とは言わずに、「頼ってください」と言っている。つまり、自立とは、自分だけの力で立ち上がったり、自分一人で抱え込んだりすることではなく、頼れる相手を家族の外につくること、相談したい、意見を聴きたい存在を他者との関係の中につくっていくことだ。自分にとっての光とは、行く手でまばゆく輝くものではなく、一緒に探してくれる存在そのものをいうのだろう。おそらく堀江謙一さんにとって、真っ暗な夜の太平洋で、目指す方向を見つけさせてくれたのが、星々の光であったように。

$${^※}$$『漂流』吉村昭 著/新潮社

増田 恵幸
著者紹介:SAPIX中学部にて高校受験指導、受験情報誌『SQUARE(スクエア)』編集に携わる。2019年定年退職。在籍時より『受験歳時記』を執筆。


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