見出し画像

[受験歳時記]第65回「ひまわり」

高校受験 SAPIX中学部

歳月

公園で砂遊びをする坊やと長椅子からそれを見守るお母さん。子どもにはたっぷり遊べる一日も、母親にはあっという間の一日で、気が付いた時には子どもはすっかり大きくなっていることだろう。まるで竜宮城にでもいたかのように、歳月はまたたく間に過ぎていく。年が増すほど歳月が加速度的に経過していく感覚は、縮こまったアコーディオンの蛇腹のように圧縮され、細かく狭く密になっていく。

腕時計

今春の日比谷高校の国語入試問題は、ベテランの映画監督と新進の脚本家による映画の配給をめぐるやりとり。効率優先だと創る楽しみが奪われる。例えば、人気のたい焼き屋さんは、焼き置きをせず、好みの焼き加減を客の表情から汲み取りながらおもむろに焼き始める。また、電動の鉛筆削りは短時間に何本もきれいに先端を揃えて仕上げるが、小刀で削る時の味わいに薄い。不揃いで、手間がかかるが、鉛筆一本にこもる丹精と愛着には及ばない。そんな一例となるような、作品のキモの部分が読解問題として採用されている。ラストの場面で監督がちらりと見る腕時計は、編集室内の時計と同様、アナログ型だろうと思われる。デジタル時代に抗し、手間を惜しまず作品を磨き上げる監督ならば、その腕時計は、針が一秒一秒を刻みつけていくアナログ型こそふさわしい。

スクリーン

前述の入試問題文中のベテラン監督は、映画は劇場で見てこそだと言う。その主張通り、やはり劇場でなければ臨場感が味わえない作品の一つとしてあげられるのが『ひまわり』だろう。大空の下、スクリーンいっぱいに広がるひまわり畑、その深々たる空の青とまばゆい黄色のコントラストは、銀幕の大画面でこその壮観さだ。ところが、あのスケール感あふれる一面のひまわり畑の土の下には、前回の戦争で犠牲となった無数の兵士や農民が眠っているという事実を知るや、一変、粛然たる思いに身がすくむ。

そして、時代を下った今、あの映画と同じ舞台では、目や耳を塞ぎたくなる戦況が続く。それを伝える報道もこれまでとは異なり、砲弾やミサイルを受ける側からの映像が主である。瓦礫の下のぬいぐるみが逃げ惑う子どもたちの悲鳴を伝え、地下に閉じ込められた者たちは「太陽が見たい」と悲痛に叫ぶ。太陽を浴びる花、ひまわりの咲き広がる国で「太陽を」と求める民草の切迫した声が心に痛い。

民話

何もかも幸せが踏みにじられたこれほどの悪夢は、もはや無理にでも何か新しいことの始まりなのだと、強い希求の念をもって捉え直すしかないのかもしれない。雪道に落ちていた片方の手袋に、いろいろな動物が入り込み、どうぞどうぞと譲り合う。戦禍の地には、昔からそんな民話があるらしい。幸せは順番に回ってくる、回ってきたら次へ次へ。焚き火に近い席を順繰りに譲り合うようなつながりが、譲った側を一層暖かい気持にさせていく。

砂場遊びに疲れた坊やは、母親に抱かれて眠っている。坊やが母親以上に幸せそうに見えるのは、きっと、手袋の民話の通り、「幸せはもらった人よりあげた人のほうが幸せ」だからだろう。

$${^※}$$『ひまわり』…ヴィットリオ・デ・シーカ監督。1970年公開。

増田 恵幸
著者紹介:SAPIX中学部にて高校受験指導、受験情報誌『SQUARE(スクエア)』編集に携わる。2019年定年退職。在籍時より『受験歳時記』を執筆。


◆『受験歳時記』第1~55回のバックナンバーは、SAPIX中学部ホームページで読むことができます。第56回以降は、マガジン「コラム[受験歳時記]」からご覧ください。

◆受験情報誌『スクエア』無料進呈中
資料請求された方に、受験情報誌『スクエア』最新号を無料進呈中。SAPIX中学部講師による学習アドバイスや、最新の高校入試情報、SAPIX中学部卒業生へのインタビューなど、受験勉強のヒントになる記事が満載です。SAPIX中学部ホームページよりお気軽にご請求ください。

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!
高校受験 SAPIX中学部
難関国・私・公立高校を目指す小学5年生~中学3年生を対象とした進学指導塾、SAPIX中学部です。受験生とその保護者の皆さまに、「学習や志望校探しのヒント」や「学習のモチベーションアップにつながる読み物」などをお届けします。受験に向けた情報収集ツールの一つとしてご活用ください。