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コラム[受験歳時記]

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受験生とそのご家族に送る、一年の折々に寄せたSAPIX中学部オリジナルコラムです。
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#高校受験

[受験歳時記]第67回「親子体験記」

勇気と元気SAPIX中学部33期生の親子体験記が二分冊で刊行されている。タイトルは共に『受験体験記』であって類書に見られる「合格体験記」ではない。合格が歓喜の頂点を伴う華々しい出来事の「点」であるのに対して、受験は日々の勉学の積み重ねが続く長い「線」である。ならば、その「線」が先端の「点」に到達するまでの過程と意義を綴る手記としては『受験体験記』こそ、タイトルにふさわしいということだろう。 ある母親は、入試の朝、お腹が痛いと言い出す娘に、3年前の中学受験での同じ場面を思い出

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[受験歳時記]第66回「冒険家」

偉業「北西風が唸りをあげて走り、(中略)大粒の雨が突き刺さる」 緊迫感ある描写と鍛練された筆力で読者を圧倒する吉村昭の『漂流』では、この後、木の葉のような小舟に猛烈な嵐が襲いかかる。 83歳の海洋冒険家堀江謙一さんが単独無帰港で太平洋横断を達成した。全長わずか6mのヨットで8500km を航行しても、『漂流』の世界からは程遠い晴れやかな笑顔の堀江さん。その表情からは、大航海も難なく為し遂げられた偉業としか思えないが、吹き荒れる雨や風はもちろん、舟の上では特にケガが命取り。か

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[受験歳時記]第65回「ひまわり」

歳月公園で砂遊びをする坊やと長椅子からそれを見守るお母さん。子どもにはたっぷり遊べる一日も、母親にはあっという間の一日で、気が付いた時には子どもはすっかり大きくなっていることだろう。まるで竜宮城にでもいたかのように、歳月はまたたく間に過ぎていく。年が増すほど歳月が加速度的に経過していく感覚は、縮こまったアコーディオンの蛇腹のように圧縮され、細かく狭く密になっていく。 腕時計今春の日比谷高校の国語入試問題は、ベテランの映画監督と新進の脚本家による映画の配給をめぐるやりとり。効

[受験歳時記]第64回「特製シロップ」

カバーガラス「大した傷じゃないんだけど」 「いやいや、1000分の1ミリの傷でも油断できませんよ」 これは外科病院ではなく、スマホ・ショップの前を通り過ぎざま、店先から聞こえてきた客と店員の会話である。割れにくいガラスを作るため、専門の研究所では毎日、スマホの落下実験を行っている。アスファルトの上にさまざまな高さから落として割るスマホのガラスは、約10年間でおよそ1万枚という記事もあった。昔は1ミリだったガラスの厚みも、今ではその半分、1円玉の半分以下の薄さが求められるとい

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[受験歳時記]第63回「ドレミの歌」

回収日「玄関脇に置いてあるので、少し荷物になるけどお願いね」 「了解、了解」 「よろしく~」という母親の声に送られてやや大きな透明袋を片手に出掛ける父親。今日は空き瓶の収集日。袋の中で賑やかに擦れ合うガラス瓶の音を聞いていると、入園前の子どもと家中の空き瓶を集めては少しずつ水を入れ、「ドレミファ遊び」をした昔を思い出す。「ドレミの歌」を口ずさみながら、父親はバス停に向かう。 helpSAPIX中学部のYouTube公式チャンネルに、英単語「help」に関する動画がアップされ

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[受験歳時記] 第62回「ジャンプ台」

ベストワン引っ越しシーズン。開店間もない不動産店の幟旗が揺れていた。「住まい選びは当店へ」。 ん?「住まい探しは当店へ」の間違いでは?探すときは専門業者の情報力を必要とするが、選ぶときは住む本人次第だろう。助言者のアドバイスは気になる物件を探している間までのことであって、気になる中からお気に入りを絞り込み、さらにベストワンを決めるのは100%本人の価値判断だ。そこを他人に託してしまうと最終決定した納得と覚悟が本人の中に生まれない。 SAPIX 中学部の公式noteに、「苦手

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[受験歳時記] 第61回「襷を繋ぐ」

お風呂と薬「お風呂冷めちゃうわよ~」 「今、いいところ。もう1ゲームしてから追い焚きするから大丈夫~」 ムダとはwantからneedを引き算した差のことともいえる。温浴して体をほぐす( = need )よりもう1ゲームしたい( = want )を優先することは、果たして「大丈夫~」なことであろうか。追い焚きの燃料は太古の生物の死骸であり、同時にそれらを分解してきた微生物の働きによる賜物である。さらには、それらを地下資源として熟成するまで厚い地層で長く大切に包んできた地球から

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[受験歳時記] 第60回「漫画家」

漢和辞典教材販売業に携わる若者の投書。仕事の合間に販売のサンプル品から漢和辞典を取り出して開いていたら、あるひとつの漢字の成り立ちに目が止まった。羽の生え始めたひな鳥が日に向かって飛ぶ練習を繰り返すことから「習」という漢字ができたとある。まだまだ新人の自分をひな鳥に重ね合わせていたのかもしれないが、以後、調べ物としてではなく、読み物として漢和辞典にはまっているという。 制作現場受験情報誌『スクエア』の記事「SAPIX CAREER」では、各界で活躍する卒業生を紹介している。

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[受験歳時記] 第59回「ノーベル賞」

アンダンテ人と道ですれ違う。近づきながらこちらが右に避けるとあちらも避ける。ならばと左に避けると向こうも同じ動きをする。衝突しそうなほどに接近しても双方の譲る気持ちと避けるテンポがかみ合って、まるでステップそろえて楽しくダンスでもしているかのように見えるだろう。しかし、これが、例えば渋谷駅前の交差点ではあまり見かけられない。青信号を合図に一斉に歩行者が一点に押し寄せるが、マーチングの団体演技のようにぶつかることもなく整然と交差し、すり抜けていく。不思議に思っていたら、たまたま

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[受験歳時記] 第58回「聞き違い」

マスク生活夕暮れ迫るレストラン。窓際の席の厚手のカーテンを少し開けながら坊やはつぶやくように言った。「お外は暗いよ」。すると隣の若い母親がいきなりふきだした。もちろん母親は聞き違えたのである。こんな小さな子が、窓の外を見ながらはかなげに「男はつらいよ」などと溜め息まじりに言うものだから。しかしマスクをしたままでは無理もない。五十音図の中に秩序立って収められていたはずの日本の「言葉」が、マスクの網目を通すと子音と母音とに解体されでもしてしまうのか、「音」としてしか聞こえてこない

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[受験歳時記] 第57回「9×9」

美しい習慣電車が止まると、5、6人の野球部員が乗り込んできて、横並びにどっかり腰を下ろし、車内は満席になった。大きなスポーツバッグを床に置き、マスク越しでにぎやかに話している。次の駅で杖をついた老人が2人乗ってきた。と、床のスポーツバッグが一斉に宙に浮いたかと思うが早いか、占められていた座席ががらんと空席に。野球部員たちは、何事もなかったかのようにドア付近に立ち、楽しそうに会話を続けている。 佐多稲子の小説に「水」という短編がある。駅のホームで少女が泣いている。奉公先で母急

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[受験歳時記] 第56回「パイロット」

フィニッシュ2020東京五輪体操競技、種目別決勝の男子鉄棒。他の選手が難度の高い演技構成で落下を繰り返す様子を見て、金メダリストは「これは着地勝負になる」と思ったという。その言葉通り、安定良く手放し技をこなし、一本の針金を通したかのように綺麗な懸垂からそのまま大車輪へ、そして足の乱れひとつなく着地を決めた。 「体力も神経も一番使うのが着陸の時です」 ――各界で活躍する卒業生の現在の仕事ぶりを追う『スクエア』のシリーズ企画「SAPIX CAREER」、そのなかで語る、ある旅客

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